梟録

梟録

松田芳和のブログです。一般企業に勤務しながら、名古屋大学大学院博士課程に在籍しています。専門分野は国際環境法と国際宇宙法。特にスペース・デブリの問題を研究テーマにしています。国際政治や歴史、防災、社会福祉にも関心あり。このブログでは、さまざまなテーマについて述べていきますが、最終的な結論を提示するものではなく、あくまでも序論的な考察となります。忌憚のない指摘を受けて、それを研究に活かしたいと考えています。

「科学的根拠がない」の乱用

小学校等の全国一斉休校の措置に感染拡大の防止につながる科学的根拠はあるのか、と批判されている。しかし、そのような批判はどこに科学的根拠を求めているのか具体的ではなく、乱用されているように思われる。

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新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正案を審議する参院内閣委員会(2020年3月13日毎日新聞

 前回の記事で述べたとおり、新型コロナウイルスの感染拡大の防止対策として、「予防原則」に立脚した措置をとることは一定程度認められてよいように思われる。予防原則は、リスクや被害の発生について科学的な根拠が不確実な状況にあっても、対策を実施しなければ被害が甚大になる可能性がある場合、その予防措置などを実施するべきである、といった考えである。予防原則には、「科学的根拠の不確実性」が不可欠な要素である。「科学的根拠の不確実性」が何を指すのかについては、別稿で詳しく述べようと思う。

 さて、今回の一斉休校の措置に科学的根拠がないことが批判されているが、そもそもどのような科学的根拠がないことを問題視しているのか、曖昧である。特に、休校の措置が発表された当初は、専門家会議で科学的な根拠が示されたのかどうかが焦点になっていたように思われるが、どのような科学的根拠が示されるべきなのかについては、批判の中では十分に示されていなかったように思われる。科学的根拠をどこに求めるのかについては、その論点をより明確にしなければならない。

 科学的根拠をどこに求めるのかについては、主に次のような点が考えられると思われる。

  • 学校を休校する措置自体が、感染拡大の防止につながるのか
  • 感染者が発生していない地域でも休校の措置をとることが、感染拡大の防止につながるのか
  • 全国で一斉に休校の措置をとることが、感染拡大の防止につながるのか
  • 今後、感染拡大に伴う被害の規模が大きくなる可能性があるので、全国一斉休校の措置をとるのか
  • 小学校等の休校は主に子どもを対象にした限定的な措置であるが、子どもの感染を阻止することが感染拡大の防止に最も有効であるのか

 これまでの国会審議やメディアの議論をみてみると、科学的に根拠がないということについて論点が整理されておらず、「科学的に根拠がない」という批判が乱暴に使用されているように思われる。少なくとも、以上のように科学的に根拠が示されるべきポイントがあると考えられるので、科学的根拠の有無の追求は具体的に焦点を絞ってなされるべきである。

 他方で、どのような点に科学的根拠が示されていれば、休校の措置が是認されるというのかについても今後の議論の中で明らかにされてなければならないであろう。また、いずれか一つの点に科学的根拠が示された場合、休校の措置を是認するのであれば、その他の点について科学的根拠を求めない合理的な理由が示される必要も生じてくるだろう。すなわち、科学的根拠について議論する場合、どのような点に科学的根拠が必要なのかを明確にする必要があり、科学的根拠を求める立場に立つ者もこれを明確に示すことが求められよう。

 取り扱うものが「科学」なのであるから、「政治的な対立」をもって議論を進めるのは望ましくない。科学的根拠に関する論点が明確にされなければ、感染拡大が抑止されたという結果を得たしても、一斉休校の措置が効果的であったか、効果的でなかったかを明らかにすることが困難になり、将来の感染リスクの対応で活かすことができなくなる。「科学的根拠」の追求は慎重になされるべきである。

予防原則と新型コロナウイルス

新型コロナウイルスの感染防止策として日本政府が実施している措置について、「科学的な根拠がなく政治判断すべきではない」といった言説があるが、これには少し疑問を感じる。

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新型コロナウイルス対策の法整備について話し合う与野党党首ら(2020年3月4日朝日新聞

 日本における新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、2月28日に安倍首相は全国の都道府県等に対して、小学校、中学校、高校、特別支援学校の臨時休校を要請した。この措置は、あくまでも都道府県等の地方自治体に中央政府から「要請」するものであり、また中央政府に法的権限があって行われているものではない。休校の最終的な決定権限は、地方自治体にある。

 しかし、休校措置は突然の発表であり、全国一斉は前代未聞である。当然、野党やメディアからの批判が噴き上がり、休校に伴うリスクの発生(家庭内での子の安全面等)や、感染防止の効果などに関して追及がなされている。

 この措置に対する批判のなかには、どのような根拠に基づいて判断されたのかというものがある。安倍首相は、官邸が設置している専門家会議では対応策として休校措置が提示されたわけではなく、政府側の独自判断だと説明している。その政府側がどのような根拠に基づいて判断したのかが焦点になるが、現在開催されている参議院の審議では、安倍首相からは明確な根拠が示されていない。ただ、措置について検討をする暇(いとま)はなかったということを明らかにしている。したがって、少なくとも、専門家による科学的な根拠をもとに判断されたものではないことになる。

 そのため、科学的な根拠に基づかずに判断したことに対して批判が厳しくなっている。しかし、リスク対応の一つにある「予防原則」が、なぜそのような措置をとるのかについて一つの説明になると思う。予防原則とは、よく食品安全や環境保全の分野で取り扱われるものであるが、大まかにいえば、どのようなリスクや被害が発生するかについて科学的な根拠が確定していない状況にあっても、予防措置をとらないと被害が甚大になる可能性があれば、その予防措置をとるべきである、という考え方である。予防原則は学説において確定した定義はなく、どのような場面でも適用できるものではない。しかし、「科学的な根拠が確定していない状況」は、予防原則の重要な要素である。食品や環境の安全を重視する立場からは、むしろこの予防原則の適用が主張されるのである。したがって、一般的にいえば、科学的根拠がないなかでも政府が予防措置をとることについては、リスク対応として成立するのである。

 新型コロナウイルスが毎年流行するインフルエンザよりも感染による重篤化リスクが低いということを念頭に置く立場からすれば、「被害の甚大性」は低いと考え、休校措置はやり過ぎに見えるだろう。しかし、今後も感染が蔓延し続け、東京オリンピックパラリンピックの開催中止(あるいは延期)ということになれば、日本の経済的ダメージが大きく、政府としてはそこまでを「被害」に含めて、予防措置をとならないと「甚大な被害」を招くと考えているのかもしれない。

 いずれにしても、現代社会は、単に科学的な根拠がないからといって何もしないわけにはいかないことが往々にしてあるだろう。予防原則に基づく対応措置は、困難を乗り切る一つの策である。もちろん、今回の一連の政府の動きからは、予防原則の考えを踏まえているかどうかは読み取れないし、どのような過程で休校という提案が出てきたのかは問題として残る。未知のウイルスへの対応として政府の措置が適切であったかどうかは、さまざまな角度から評価する必要があると思う。

 

 

国連スペースデブリ低減ガイドラインの誕生の歴史

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the 56th session of the Scientific and Technical Subcommittee(@UNOOSA)


 日本政府は、先日開催されたG20大阪サミットで、スペースデブリ(以下、デブリ)の低減に向けた国際協力を呼びかける方針であった。以前から内閣府では、「スペースデブリに関する関係府省等タスクフォース」が設置され、デブリの国際的な取り組みをどのように進めていけばよいかが議論されている。日本においてもデブリの問題は国際的な課題として認識され、どのような取り組みが望ましく、どのように各国間で調整すればよいかが模索され始めている。

 一方、国際的な対策としては、これまで主に国連の場で議論が積み重ねられてきており、デブリの低減対策に関しては一定の成果を得ている。それが、2007年の国連総会決議で採択文書に記載された「国連スペースデブリ低減ガイドライン」(国連ガイドライン[1]である。以前のブログ記事でも述べたとおり、デブリ対策として、まずはデブリをこれ以上発生させないためにデブリの低減措置を行う必要がある。そのため、現段階においては国連ガイドラインの7つ低減措置をもとに、各国で低減措置が実施されることが望まれる。

 デブリの低減措置に関する国際的な文書は、実際には主に2つ存在する。一つは、主要な宇宙活動国の宇宙機関で構成するIADC(Inter-Agency Space Debris Coordination Committee:国際機関間スペースデブリ調整委員会)が作成した「IADCスペースデブリ低減ガイドライン」(以下、IADCガイドライン、2002年採択)[2]であり、もう一つが、国連ガイドラインである。

 今回は、この国連ガイドラインがどのような経緯で成立したか、その誕生の歴史を述べる。また、別稿で国連ガイドラインの意義と課題を検討する。

Ⅰ. IADCガイドラインの形成過程

1980年代後半から問題視

 デブリは、すでに1980年代後半から人類の宇宙活動に脅威を与える存在であるとの認識が広がっていき、デブリの低減措置を実行する国際的な協力体制の構築が必要であると考えられるようになっていった。

 デブリ問題は当初、1986年から主に宇宙活動国による二国間協議で扱われてきた。自国のみがデブリ低減措置を実施すると民間企業の国際競争力の低下を招くので、各国のデブリ低減措置を同水準にするために、他国との協議調整に乗り出したといえる。1992年には、ヒューストンでNASAESA、日本による協議が始まり、1993年にIADCが設立され、多数の宇宙機関がデブリに関する情報交換や協議を行うシステムを築いた。IADCの設立当初のメンバーは、アメリカ、日本、ロシアの宇宙機関及びESA(欧州の宇宙機関)であったが、その後、中国、フランス、ドイツ、 インド、イタリア、ウクライナ、イギリス、カナダ、韓国の宇宙機関が加わり、現在13の宇宙機関で構成されている。

主要な宇宙活動国における共通認識

 IADCはこれまで、宇宙空間の人為的あるいは自然発生的なデブリの問題に関連する宇宙活動の調整のために、デブリ問題の審議を行ってきた。1998年、IADCでいくつかの合意がなされた。まず第1に、デブリの低減には、デブリの予防(防止)、宇宙システムのデブリからの保護、デブリの除去といった3つの側面があるとした。第2に、現在のデブリ環境は、宇宙活動において看過できない危険を伴っているとの認識を示した。それに関して、もし、デブリ低減措置が実施されなければ、将来の宇宙活動は好ましくない環境に直面するといった予測を立てた。第3に、デブリ低減措置の主な目的は、人およびロボットによる地球軌道のミッションの利益と安全のためにデブリの密度の増大を食い止めることにあるとした[3]

 以上の合意事項をもとに、2002年にIADCガイドラインが採択された。これによって、IADCの宇宙機関は、IADCガイドラインに規定するデブリ低減措置に従って宇宙活動を行うこととなった。ただし、IADCガイドラインに法的拘束力はなく、勧告的な性格のものにとどまる。

 Ⅱ.IADCガイドラインの概要

 IADCガイドラインは、運用中に放出される物体の制限、軌道上での破砕の可能性の最小化、運用終了後の廃棄、軌道上での衝突の回避の4つに焦点を当てて、実施すべきデブリ低減措置を定めている。また、デブリ低減措置は、地球周回軌道上に投入する宇宙システム(ロケットや人工衛星等)の運用計画及び構造設計、運用の3つの段階にデブリ低減措置を適用することができるとしている。

 IADCガイドラインには複数のデブリ低減措置が定められているが、前述の4つの焦点に沿って、次のように分類することができだろう。

 まず第1に、宇宙システムを通常の方法で運用する場合において、デブリを放出することがないように、宇宙システムの構造を設計することである。

 第2は、軌道上での破砕によるデブリ発生の抑制に関する措置である。すなわち、これは軌道上において宇宙システムが破砕する可能性を最小化することを意味する。IADCガイドラインに定められた措置では、機体に搭載した残留エネルギー源(残留推進薬やバッテリー等)によって偶発的な破砕が起きないようにすることや、運用に関わる故障の発生防止措置や、故障が発生しても正常動作に回復する手段を講じること、宇宙システムの意図的な破壊等を回避することがこの分類に属するであろう。

 第3は、運用終了後の廃棄処分である。すなわち他の宇宙システムを干渉しない軌道へ移動させる措置(リオービット:reorbit)、あるいは地球大気圏に再突入させて燃焼するか地上落下させる措置(デオービット:deorbit)である。リオービットで推奨される高度や、廃棄後その軌道上に周回し続けられる年数の制限は、具体的な数値で表されている。

 そして第4は、軌道上における衝突の防止である。ガイドラインでは他の物体との衝突確率を評価し制限すること、衛星の回避マヌーバ(軌道上から上昇・下降して衝突回避すること)やロンチウィンドウ(打上げ時刻)を調整することを推奨している。

Ⅲ.国連ガイドラインの形成過程

COPUOSによる取り組み

 1959年、国連総会にて「宇宙空間の平和利用に関する国際協力」が決議され、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)が国連の常設委員会として設置された。COPUOSの本委員会は、宇宙の平和的利用を平等原則のもとに推進するための制度構築を主な任務とし、宇宙の研究への援助,情報交換,宇宙の平和利用のための実際的方法および法律問題の検討を行っている。COPUOSには、本委員会の下部組織として科学技術委員会(科技小委)小委と法律小委員会(法小委)が設置されている。本委員会は、これらの小委員会の報告を受け審議を行う。また、COPUOSの活動は国連総会に報告される。

 科技小委は、宇宙活動に関する国際協力に資するよう科学技術面における専門的な検討を行っている。デブリ低減措置に関する審議も、技術的側面から検討を図っている。デブリの複雑な特性や推奨すべきデブリ低減措置などを調査・検討し、デブリに関する十分な科学技術的理解を得ようとし、1999年に「スペースデブリに関する技術報告書」[4]を完成させた。その後、IADCのガイドライン等を参照しながら、国連独自のデブリ低減ガイドラインの作成に取りかかった。

 法小委では、宇宙活動に関する法律問題を取り扱っている。宇宙条約、「宇宙飛行士の救助及び送還並びに宇宙空間に打ち上げられた物体の変換に関する協定」(宇宙救助返還協定)、宇宙損害責任条約、「宇宙空間に打ち上げられた物体の登録に関する条約」(宇宙物体登録条約)、「国及び政府間国際組織の宇宙物体登録条約における実行向上に関する勧告」(宇宙物体登録勧告)等が、この委員会で作成された。

 本委員会と二つの小委員会はそれぞれ年に1回開催される。議事はコンセンサス方式で進められ、参加国のすべてが議案に賛成しなければ成立しない。そのため、法的拘束力のある条約等を作成するには、参加国の妥協点を探らなければならない。近年は、参加国が増加したこともあり、法的拘束力ある合意形成が困難になってきており、ガイドラインや原則宣言等といったソフト・ローの形成に舵を切り替えているようである。

30年間の議論

 2004年、IADCが科技小委にガイドラインの草案を提出した。草案に関してはいくつかの修正が施され、2007年に科技小委および本委員会で採択された。同年、国連総会決議として、「国連スペースデブリ低減ガイドライン」が採択された。つまり、国連ガイドラインは、IADCが採択したガイドラインをもとに作成されたのである。

 科技小委では、ガイドラインに関するIADCの提案が行われるまでは、主にデブリに関する技術的な問題を審議していた。

 1994年、科技小委でデブリの問題が初めて議題になり、デブリ問題の検討は重要であり、将来の宇宙ミッションにおけるデブリ潜在的な影響を最小化するために、適切で利用可能な戦略を進展させるには国際協力が必要であるという見解に合意した。また、科技小委は、デブリに関する研究調査が継続され、加盟国がその研究調査の結果をすべての利害関係者が利用できるものにすべきであるという見解にも合意した。さらに、2001年の会合では、各国がデブリの生成を制限することは有益なことであるとの認識を共有した。加えて、複数の国から、デブリの問題を法小委の議題に追加すべきとの見解に対する賛否が表明された。

 すでに、1995年に開催された会合では、複数の国が、デブリの増大を減少するために、宇宙機関によって現在行われている宇宙物体の打ち上げについての一連の国際的なルールを文書としてまとめるべきと主張していた。

 その後、2004年に、IADCによるガイドラインの提案が科技小委で行われたが、これ以降は、IADCの提案を評価するために科技小委および本委員会において、デブリの問題と併せて審議が行われることとなった。その後、2007年に国連総会決議として国連ガイドラインが採択された。そして、今もなお、COPUOSにおいてデブリ問題が議論され続けている。

法的義務化の主張

 前述の通り、国連ガイドラインの形成過程においては、作成を目指すガイドライン、あるいはデブリの問題に対して法的側面から、複数の国の主張があった。

 2005年の科技小委のワーキング・グループでは、ガイドラインを作成するにあたっては、国際法のもとで法的に拘束されるものでないこと、デブリ低減措置の実施は各国の国内法制を通じて自主的に行われるべきであること、国連の条約や原則を考慮することなどを文言に含めることに合意した。

 これらの点を踏まえ、科技小委では作成されるガイドラインは、IADCのガイドラインよりも厳格ではないこと、国際法の下に法的に拘束されないことなどといった条件を満たすことに合意した。また、ガイドラインが実効的に機能すれば、許容可能な活動の相互理解を高め、宇宙環境の安定性を向上させ、摩擦や紛争の可能性を減少させることができるとの認識に立った。この認識は、本委員会においても共有された。

 本委員会での審議に関しては、まず1995年の年次会合で、いくつかの国がデブリ問題は法小委の議題に含めるべきであるといった見解を表明した。その一方で、デブリ低減措置に関する技術的な問題が多く残っている段階で、法小委でデブリ問題を議論することは時期尚早であるといった見解を表明した国もあった。また、これに関連していくつかの国から、デブリ低減措置を法的に拘束力あるものにする必要があるかどうかを決定するためには、さらに知見を得る必要があり、デブリ低減措置に関する審議は、デブリに関連した科学的・技術的な問題に集中すべきとの見解が表明された。

 技術報告書が作成され、技術的な議論に一定の成果が得られつつも、法的拘束力の問題については、各国の見解に相違が残った。1999年には、いくつかの国が、本委員会は技術報告書を踏まえ、デブリが宇宙条約の対象となっているかを検討することを法小委に要求すべきと主張した。その一方で、その他の国はデブリ問題を法小委で議論することは時期尚早であり、少なくとも技術報告書が加盟国や関係機関、業界によって徹底的に分析されるのを待つべきであるとした。

 2002年には、IADCが推奨するデブリ低減措置が行われた例は少ないので、自主的な実施では十分ではなく、法的拘束力のある措置が必要であるとの見解が表明された。

 2007年の会合では、いくつかの国が、法的拘束力のある枠組みを発達させるためにも、デブリ問題は法小委で検討されるべきであるとの見解を表明した。

 しかし結局は、国連ガイドラインに法的拘束力をもたせないこととなった。

 なお、この審議過程で、具体的にどの国がどのような発言を行ったかについては、別稿で紹介する。

Ⅳ.国連ガイドラインの概要

共通認識の国際化

 IADCガイドラインにおけるデブリ問題の認識は、デブリの数が増え続けると、宇宙環境は宇宙活動に好ましくない状況になるなどいった程度の認識であった。これに対し、国連ガイドラインは、デブリの影響に対する認識をさらに深めているだけではなく、国連の総会決議による承認という形式で成立したことにより、国連加盟国すべての共通認識ともなっている。その共通認識の内容は、次のとおりである。 

  • 宇宙空間に存在する宇宙システムだけでなく、デブリが再突入で地球大気を通過すれば、地上における損害のリスクがある。
  • 適切なデブリ低減策の早急な適用が必要である。
  • デブリ低減策は2つに区分される。1つは、短期的に潜在的に有害なデブリの生成を削減することである。これは、宇宙物体の運用に伴って生じるデブリの低減と破砕の回避を意味する。もう1つは、長期的にデブリの発生を抑制すること。これは、機能停止した打ち上げ機等を取り除くといった運用の最終段階に関係する。
  • デブリの衝突は、有人宇宙機の場合は人命に関わる損害をもたらす可能性がある。

7つの低減措置

 国連ガイドラインは、次のようにデブリ低減措置に関する7つの指針を示している。しかし、その内容は、IADCガイドラインとは違い、定量的な基準を示しておらず、簡素なものになっている。そのため、実際にデブリ低減措置を実施する際には、IADCガイドラインを参照しなければならないとされる。

  1. 正常運転中の宇宙物体はデブリを放出しないよう設計すること。放出されても宇宙環境に対する悪影響を最小限にすること。
  2. 宇宙船や軌道投入したロケットなどの宇宙物体は、不具合による偶発的な破砕が起こらないように設計すること。不具合の可能性がある場合は、破砕を回避するために廃棄処分と無害化処置の計画を立て、実施すること。
  3. 宇宙物体の打ち上げ段階や軌道寿命の間に他の物体と衝突する確率を算出し、制限すること。打ち上げ時刻の調整や軌道変更の措置をとること。
  4. 宇宙物体の意図的な破壊や、長期に存在するデブリを発生させる危険な活動を回避すること。意図的な破壊が必要な場合は、発生するデブリの存在期間を制限するために十分に低い高度で行うこと。
  5. 他の宇宙物体への偶発的な破砕リスクの制限のために、搭載された蓄積エネルギー源は不要時あるいはミッション終了後に無害化等を行わなければならない。カタログ化[5]されたデブリの多くが、この蓄積エネルギーを有する宇宙物体の廃棄に由来する。
  6. 宇宙物体が低軌道域に長期間滞留することを制限すること。
  7. 宇宙物体が地球同期軌道域に長期間滞留することを制限すること。

 確かにデブリ問題は宇宙活動を行う者が増加し、またデブリの数が増えてきたということで、最近は関心が高まってきている。しかし、すでに1980年代後半から問題視されてきており、そこから40年の月日が流れているのである。

 国連の場では議論が積み重ねられ、デブリ低減措置の実施に当たっては常に法的拘束力のあるものにすべきとの主張もなされてきたが、結局、国連ガイドラインは法的拘束力はないものと明文化し、各国が自主的に実施すべきものとされたのである。

 

[1] U.N.Doc. A/62/20 (2007), Annex.

[2] IADC, IADC Space Debris Mitigation Guidelines, IADC-02-01 (15 Oct.2002); IADC WG4.

[3] Inter-Agency Space Debris Coordination Committee (1998), available at http://www.iadc-online.org/Documents/35th_UN_COPUOS_STSC.pdf (last accessed 20 Jul.2015).

[4] Technical Report on Space Debris, U.N.Doc. A/AC.105/720, 1999.

[5] アメリカの宇宙監視網(SSN)によって、デブリの軌道や様態が特定できたものを指す。

スペースデブリ:その問題の性格と低減措置

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ESA(あくまでもデブリや宇宙物体の分布のイメージ。宇宙空間に存在する物体はこれほど大きくはない。)

 一般的に「宇宙ごみ」と呼ばれるスペースデブリ(以下、デブリ)は、宇宙空間を周回して宇宙活動を妨害し、宇宙物体との衝突のリスクを高めている。デブリが増加し続ければ、人類が宇宙空間を利用することさえ困難になることが危惧される。そのため、これ以上デブリを増やさない対策として、デブリの発生を低減する措置が求められる。

 デブリの数を増やさない一番簡単な方法は、人類が宇宙活動を停止することである。しかし、宇宙活動によって築き上げてきた人工衛星による地球観測システムや、高度に発達した情報伝達網の存続なしには、現代の地球規模問題の解決や人類の社会生活を維持し続けることは不可能であろう。したがって、引き続き宇宙活動を行いつつも、デブリを低減し、既に存在するデブリを除去する対策が図られる必要がある。

 低減措置に関する国際的な対策としては、主に2007年に国連総会決議の採択文書に記された「国連スペースデブリ低減ガイドライン」(以下、ガイドライン) がある。ガイドラインに定められた低減措置は、デブリの発生要因ごとに対応した発生防止の措置となっている。しかし、ガイドラインそのものには法的拘束力はなく、低減措置を実施する法的義務はない 。

 国際的なレベルにおけるデブリの低減措置に関しては、まず、宇宙活動を行ういくつかの先進国の宇宙機関がその取り組みを開始した。これらの宇宙機関は、IADC(Inter-Agency Space Debris Coordination Committee:国際機関間スペース・デブリ調整委員会)を設立し、デブリ低減措置に関する研究及び情報交換を行って、今後デブリが増加しないよう取り組むことに合意した。その成果物が、「IADCスペース・デブリ低減ガイドライン」(IADCガイドライン、2002年採択)である。
 その後、IADCが国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の科学技術小委員会(科技小委)に、国連加盟国が実施するものとしてのデブリ低減ガイドラインの草案を提出し、COPUOSにおいて若干の修正を行ったうえで、2007年に国連総会決議で「国連スペース・デブリ低減ガイドライン」(国連ガイドライン) が採択された。この2つのガイドラインには法的拘束力がなく、定められたデブリ低減措置を確実に実施するかどうかは、各国の自主的な判断に委ねられている。
 しかし、人工衛星同士の衝突や、宇宙物体の運用上の不具合などによって、デブリは今もなお増え続けている 。

デブリの種類

 デブリの種類は、宇宙物体から剥がれた数mm単位の破片から、機能が停止した人工衛星そのものまで多種多様である。主なデブリは、次に列挙する通りである。

  • 機能停止している人工衛星やロケットなどといった宇宙物体そのもの
  • 運用上やむをえず発生するゴミ(ロケット上段、連結具、レンズのキャップなど)
  • 運用中不注意により宇宙空間に放出してしまった道具(手袋や工具など)
  • 宇宙システムの劣化によって剥がれる断熱材、塗料
  • 固体ロケットの噴出物
  • 爆発や衛星同士の衝突などによって生じる破片(Fragmentation)
  • 液滴(液がかたまりとなって漂う。宇宙飛行士が排出する尿は、尿を飲料水に変えるリサイクルシステムが導入されるまでは、船外に放出されてきた。尿は真空中に放出されると瞬時に結晶化する)

デブリの特徴

 デブリの移動速度は、超高速である。高度350 kmから1400 kmの地球低軌道(LEO)では、秒速7~8kmで周回する。超高速で他の宇宙物体に衝突すると、宇宙物体は相変化して固体・液体・気体が混在した状態になる。地上での高速衝突で確認される現象と異なり、衝撃波やプラズマが発生するという。

 衝突で生じる宇宙物体の損傷は、デブリの大きさごとにその規模が異なる。

  • 0.2mm程度で、衛星の構体パネルを貫通
  • 1mm程度で、0.5mmのアルミ板を貫通
  • 1cm以上で、衛星全体を破砕

 高度80km~800kmの大気圏は熱圏とされ、高度とともに気温が上昇する。その上空にはヘリウムやプラズマなどが存在する。デブリはこれらの空気抵抗を受けて徐々に高度を下げ、大気圏に再突入して最終的には大気圏で燃え尽きるか地上に落下する。この再突入するまでの時間を軌道寿命という。大きさが10cm四方で質量300gのデブリの場合、高度600kmの軌道寿命は数年、高度1000kmでは数百年とされている。そのため、デブリはいずれ地上に落下することになる。

6つの発生要因

 デブリの発生要因は、少なくとも6つのケースがあると考えられる。

①運用を停止(任務完了)した宇宙物体

 かつての宇宙活動は、任務を完了したロケットや不要となった人工衛星は軌道上にそのまま放置することが通常であった。

②発生不可避のデブリ(現在の宇宙システムの技術上の問題)

 これまで、多段ロケットの段間等を固定しているV型クランプバンドは、ロケット切り離しの段階でバンドを宇宙空間に放出していた。また、光学観測機器のレンズのキャップやフード、太陽電池パネルを打ち上げ途中で開かないよう固定するワイヤーなども宇宙空間に放出され続けてきた。

③予期しない破砕や爆発事故

 予期しない破砕や爆発事故である。太陽幅射により生じたタンクの破損が残存推進剤の爆発を引き起こす場合がある 。その爆発によって大量のデブリが発生する。

④意図的な宇宙システムの破壊

 人工衛星が大気圏へ再突入する際の安全策や軍事機密の保持のために、自国の人工衛星を意図的に破壊することがある。この行為は、1960年代後半から1980前半まで、冷静構造下にあったアメリカとロシアが行ってきた。また、2007年には、中国が人工衛星破壊実験(ASAT実験)を行った。この破壊は、大量のデブリを発生し、国際的な非難を浴びている。

⑤軌道上での衝突

 人工衛星デブリは超高速で移動しているため、人工衛星デブリなどの衝突によって、人工衛星は破壊される。2009年のアメリカとロシアの人工衛星同士の衝突では大量のデブリを発生させたといわれている。

⑥自己増殖(ケスラー・シンドローム 

 軌道上の環境が悪化することによって、既に存在するデブリ同士が衝突して、連鎖的に次々とデブリの衝突を引き起こし、自然とデブリが加速度的に増加することがあり得る(ケスラー・シンドローム)。

 デブリは、意図的な破壊によって生じた割合が一番多い。国連ガイドラインでは人工衛星の意図的破壊を行わないよう求めている。

 次に多いのが運用終了後の推進系の爆発である。液体燃料ロケットの推進剤がタンクに残っていると爆発を起こすことがある。

 その次は、不具合によるものである。宇宙システムの不具合による破砕破片の数は減っていない。新規参入者(後進国や民間事業者など)の宇宙活動の活発化によっては懸念されるデブリ発生要因である。

 そして最後に、衝突である。宇宙空間におけるデブリの密度が増加しており、今後はデブリの衝突による破砕発生率が急増すると考えられる。

発生要因に焦点を当てたデブリ対策

 デブリ問題の対応策としては、デブリの除去と監視、そして低減(発生防止)がある。これらの対応策はいずれも必要不可欠であるが、6つの発生要因に適切に対処するためには低減措置の実施を進めていくことがより重要と考える。

 除去は既に存在するデブリを対象とするが、現在、その技術は確立されていない。また、デブリ除去の国際法上の明確な規定も存在しないとされている 。

 監視も既に存在するデブリを対象とし、常時デブリの分布状況を把握することによって、宇宙システムの損害を未然に防止する。デブリの監視技術を有する国は、アメリカやEU、日本であり、世界のどの国でもデブリを監視する能力を持ち合わせているわけではない。また、国際的な監視網が確立しても今後もデブリが増え続ければ、宇宙活動の自由を制約するおそれがあり、デブリ問題への対応としては監視だけでは不十分である。

 低減とは、デブリの発生を防止することを意味する。既に述べたとおり、デブリの低減措置に関しては、国連ガイドラインが成立し、法的拘束力のない形で低減措置を実施するよう国際社会で推奨されている。国連ガイドラインに定める低減措置は、一定の水準に達した国にとっては技術的に可能な措置である。

 デブリ問題の性格及び現行の国際的な取り組みをみても、いかに実効性のあるデブリ低減措置の実施を確保するかが重要となるであろう。

 

【参考文献】
青木節子『日本の宇宙戦略』慶應義塾大学出版会、2006年
・西井正弘・臼杵知史編『テキスト国際環境法』有信堂、2011年
・加藤明『スペースデブリ――宇宙活動の持続的発展をめざして』地人書館、2015年

日本のプラスチックごみ対策の「自己矛盾」

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首相官邸で開かれた海洋プラスチックごみ対策の関係閣僚会議(産経新聞2019年5月31日)


 プラスチックごみの海洋への影響が深刻化するなか、日本政府は5月31日に「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」[1]を打ち出した。これは、安倍首相が今年のダボス会議通常国会の施政方針演説で表明した「新たな汚染を生み出さない世界の実現」を目指した具体的な取り組みをまとめたものである。

 このアクションプランでは、これまでの廃棄物処理におけるプラスチックごみの回収・適正処理の徹底や、海洋に流出してしまったプラスチックごみをも回収すること、海洋流出しても影響の少ない素材(海洋生分解性プラスチック、紙等)の開発等に取り組むことを強調している。

 しかし、「流出して悪影響のあるプラスチック(悪性プラ)ごみの回収」という取り組みと、「流出しても悪影響の少ないプラスチック(良性プラ)の開発」という取り組みは矛盾しているように思う。良性プラを開発するのであれば、いずれ海洋中における回収作業をする必要がなくなるからである。

 海洋中にあるプラごみを完全に回収することは果てしない挑戦であるが、その量的な低減への取り組みは地道に進めていくべきである。しかし、このような政府の対策を進めていくと、いずれは海洋中に悪性プラごみと良性プラごみが入り混じることになる。良性プラごみは、いずれ分解されて自然になくなることが想定されているが、ある一定期間は海洋中に存在することになるからである。

 すなわち、実際、海洋での回収処理の作業において、悪性プラごみと良性プラごみをどのように区別し得るのか、良性プラごみは基本的に海洋にリリースしてもよいという考えなので、区別せずに全部回収しようとするのであれば、良性プラを開発する意味がなくなる。また、区別の作業をしようとすると、それは追加的なコストになるといえるだろう。

 政府の打ち出したアクションプランには、このような「自己矛盾」の問題が潜んでいるように思う。今後、これらの取り組みは具体的にどのようなものであるかを明らかにし、実際にそのような「自己矛盾」に陥ってしまうのか、あるいはそうならないように調整をどのように図っていけばよいかを検討することが必要になると思われる。

 

[1] 環境省「「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」の策定について」 https://www.env.go.jp/press/106865.html

 

 

宇宙、トランプ、国際法(後編)

中編はこちら

Ⅳ.デブリ低減措置に関する規制改革

①改革の背景とその方向性

 商務省は、商業宇宙活動にとって不要な規制負担を特定する作業に取り組むとしている。すでに、商務省は、打ち上げや再突入等に関する運輸省及びFCCの規制措置以外のすべての商業宇宙活動のための承認に関する枠組み案を策定中である。

 宇宙活動に関わる現在の米国法上の規制は、宇宙利用の形態の変化に伴い、必ずしもその活動に適切なものばかりではない。例えば、SpaceX社は、自社のファルコン9のカメラ録画及びライブ動画が、米国の安全保障の観点からNational and Commercial Space Programs Actの規制対象であることを認識していなかった。同社は同法に従って、エンジンを停止する前に動画の一般公開を中断しなければならなかった。しかし、同社は、地球の特徴をスキャンしなかったし、軌道の境界を調べることもしなかった。むしろ、撮影はマーケティング目的で、ロケットとそのステージの分離やステータスチェック等のためになされていた。これは、新たな形態の宇宙活動に対する既存の規制措置が適切でない格好の事例である[30]。この他にも、既存の免許制度の対象とならない新しい形態の宇宙活動の種類は、数多く存在しているといわれている。

 従来の宇宙利用に対しては安全保障の側面からの規制が定められているわけだが、商業宇宙活動については適正な規制を新たに設ける必要がある。

 SPD-3については、これによって低減措置の規制が厳格になるとの指摘がある。衛星の設計と運用のための新しい指針を確立し、衛星打ち上げ企業の事前認証には新たな制限が伴う可能性があるとされる[31]

 トランプ大統領自身は、デブリ低減措置に関する規制を過度に厳格化しないように注意を促している。商業宇宙活動が抑制されるような規制の厳格化や新たな規制の追加には消極的である。ただし、宇宙活動の安全と促進を考慮し、またSSAの向上に伴ってデブリの分布状況が把握できるようになると、ある程度の規制の厳格化が必要とされるところである。今後提示される低減措置の改革案は、現在の基準よりも厳格になるのか、あるいは緩和されるのか。この点に注目して、より望ましい規制の在り方を検討することが必要となるであろう。

 デブリ低減に関する国際的な対策としては、2007年に国連総会決議に記された「国連スペースデブリ低減ガイドライン」がある。このガイドラインには法的拘束力がないが、7つの低減措置が推奨されている。低減措置に関する米国の国内規制に変更が生じれば、このガイドラインの内容にも影響を及ぼすものになる可能性がある。そのような意味でも、米国の国内規制の改革内容が注目される。

②宇宙環境の保護の視点

 宇宙利用に対する脅威というものは、宇宙活動や宇宙飛行士への脅威だけでなく、宇宙利用によって恩恵を受ける一般市民の日常生活にも影響を及ぼす状況になってきている。SPD-3を発令するにあたって、トランプ大統領環境保護的な発言を行った。トランプ大統領は商務省に対し、宇宙環境を保ち、軌道上の衝突を防ぐために、ベストプラクティス、技術ガイドライン、基準、リスクアセスメントを確立する省庁間の取り組みを指揮するよう命じたのである。また、NASAは、デブリや汚染から宇宙環境を保護するための助言を行っている。

 低減措置の規制改革は、地球を周回する軌道をさらなる輻輳による悪影響から保護するのに役立つものでなければならない。果たして、SPD-3が輻輳の抑制に役立つものになるのだろうか。もちろん、実際の改革内容をみてから評価すべきことであるが、トランプ政権としてはたとえ輻輳が生じても、STMによって宇宙活動の安全が確保されていればよいと考えているのかもしれない[32]。STMを重視していることや、メガコンステレーションを許容しているところをみると、その可能性は否定できない。宇宙空間の環境を保全するという観点からは好ましいものではないと言わざるを得ない。

 宇宙空間で機能している衛星等のシステムの周辺環境の安全が確保されなければ、一般市民の日常生活に悪影響を及ぼすという理解は広まりつつある。また、民間の宇宙旅行が実現されれば、一般市民の安全確保が求められる。そのような事態にも対処するとなれば、衛星等の運用の安全ばかりでなく、宇宙空間そのものの良好な環境が維持されるよう、一定の規制の厳格化が求められよう。

 SPD-3あるいはトランプ政権の幹部が言及している「すべての人の関心事」「すべての宇宙活動国の利益」は、宇宙条約の理念に結びつくものであろう。「人類共通」は、気候変動枠組条約にもある文言である。トランプ政権の宇宙政策は、2015年に採択されたパリ協定を離脱する政策とは反対の方向に向いていて、宇宙産業の成長はすべての国の利益になることを考慮しているようである。環境保護に非常に消極的と指摘されている「トランプ的」な政策は、宇宙開発分野では採用されないのかもしれない。

Ⅴ.国際法への波及

①低減措置の規制に関する米国基準の国際化

 トランプ大統領は、国際規範(norms)を形成するために、米国の規制基準とベストプラクティスを他国に普及させると発言している[33]SPD-3では、低減措置に関する国内規制を定期的に見直し、それと同程度の基準が国際的に採用されるべきであると記されている。

 STMやデブリ低減措置の国際条約化、あるいは国際制度の創設については否定的な見解がある。ペース博士によれば、国家宇宙評議会は国際条約を作成するのではなく、ボトムアッププロセスを選択した。トランプ政権は、低減措置の実施に関する適切な事例を挙げることで、ヨーロッパ、中国、ロシア等がそれに追従するような規範を確立しようとしているようである[34]。ペース博士は、「我々が望むのは、ベストプラクティスが出現するにつれて、拘束力がなく、自発的で、国際的に認められたガイドラインが得られ、それが国内の法律および規制に組み込まれることである」と述べている[35]。あくまでも、米国と同程度の規制基準が、各国の国内基準となることだけを望んでいるようである。

 また、ジム・クーパー下院議員は、デブリを発生させた国を罰するべきかと疑問を呈し、これまではいくつかの悪質な宇宙活動が国際的な圧力によって是正されてきたので、損害賠償責任は必要ないとの趣旨を述べている[36]

②宇宙条約の義務に関する解釈への影響

 先にも述べた通り、ロス長官は、「重大な損害または破壊」を引き起こす可能性がある物体に関する調査の実施に言及している。この調査によって、デブリの様態ごとにその脅威や悪影響を測ることが可能になるかもしれない。宇宙条約は、他国の宇宙活動を妨害しないことを国家の義務として定めている。したがって、どのようなデブリの発生が宇宙条約の義務の違反になるかを明確化することにつながることも考えられる。

国際法規範の形成へ

 ペース博士は国際条約化を明確に否定しているが、「ボトムアップ」によって一国内で定められた規制基準が国際的に普及することに期待を寄せている。「ボトムアップ」を推進していけば、各国の低減措置の実施や国家間の情報交換による蓄積によって、国際的な法規範の生成につながる可能性がある。また、宇宙損害責任条約の解釈によっては、必ずしもデブリに対する条約の適用が不可能であるとは言い切れず、罰則のような強制力のある規制の枠組みがまったく不要とはならないであろう。

 また、宇宙におけるアクターが増えるにつれて、衛星に関する安全設計ガイドラインの改良とベストプラクティスの確立が必要とされ、国際的な協力を緊密にすることが求められる。米国と同程度の規制基準が各国国内の規制基準になれば、米国の商業活動(商業的利益)の拡大、宇宙活動の安全確保につながるという思惑があるものと考えられる。商務省が民間企業に対してファシリテーターの立場(詳細は後述)になるのであれば、産業界の諸事情を考慮して制度構築を進めることになる。したがって、この先、国際的な制度構築を図ることが求められるようになった場合は、民間企業の立場を表明する機会が国際会議の場で作られることになり、それが国際法秩序の形成に反映されることもあり得よう。

 以上のように、今回の政策方針が、その道のりは長いだろうが、結果的に国際法規範の形成につながる可能性はある。デブリを詳細に把握することも、宇宙条約の解釈に影響を与え得る。トランプ大統領は、「我々は、宇宙活動に関係する時代遅れの規制を近代化している。……我々はアメリカの創意工夫の力を発揮するために、もう一歩踏み出す」と語っている。米国の経済発展のために商業分野に力を入れるのは、まさに「トランプ的」な政策であるが、宇宙開発分野に限って言えば、そのような政権にとって重要な政策が成功する鍵は、国際規範の形成や国家間の協力・連携にある。トランプ大統領自身、必ずしもそれを否定していないところをみると、TPPやパリ協定、イラン核合意といった国際協定や、ユネスコといった国際機関からの離脱というような「トランプ的」な手段を選ばず、国際主義を重視する「非トランプ的」な政策を実施しようという構えがあるのかもしれない。

Ⅵ.商業宇宙活動の未来

①政府と民間企業の関係性

 すでに国家宇宙評議会は、商務省を米国の商業利益の推進のための主導機関に指定し、ロス長官に対し、免許制度やその他の規制見直しのために、「宇宙商取引のためのワンストップショップ(a one-stop shop)」を創設するよう命じている。ロス長官によれば、商務省は「新しい信念」を持ち、民間企業の「過失」を見抜くだけでなく、「洞察力と先見性」をもって商業活動の促進にも取り組むものとしている[37]。既存の規制機関としての立場から、民間企業の活動をサポートする立場へと変化することになるであろう。

 ロス長官のこれまでの発言[38]を追っていくと、米国の今後の商業宇宙活動の在り方が垣間見えてくる。ロス長官は、今後の商業宇宙活動の行方は、宇宙交通を管理し、正確かつ利用可能なSSAデータへの民間企業のアクセスの可否に依存すると述べている。また、トランプ大統領の宇宙政策は、米国の産業を解放するための規制改革を優先させているとも述べている[39]。「現在の規制の枠組みは25年も経過しており、もはや宇宙市場の急速なニーズを満たしていない」ので、業界のニーズに合わせて仲立ちをする機関を創設し、官民協力(public-private collaboration)の価値を重視し、商務省は民間企業にとって「賢明なファシリテーター」になろうとしている。

デブリの管理強化と国際的連携

 デブリの分布状況に関するデータの充実性が、宇宙活動商業化の成功の鍵となる。デブリの管理が、より強化されることが求められる。SPD-3の主眼は、米国国内の宇宙産業の促進のために、宇宙環境を保全したいということにあると考えられる。ただし、今回の規制改革の方針では、デブリの低減に結びつかないおそれもあるので、実際の規制改革の内容を注視したい。

 また、STMの構築や低減措置の規制基準については、国際的な連携が必要となってくる。宇宙活動の商業化を推進するならば、否応なしに、国際法を含む規範の望ましいあり方を模索しなければならなくなる。

③宇宙商業時代の秩序の在り方

 ロス長官は、STMの構築について、「今行動しなければ、他の誰かがそれを構築しようとするだろう」[40]と述べている。宇宙空間の覇権争いの状況になるおそれがあるということ意味しているのだろう。しかしその一方で、宇宙空間を軍事的な領域にするのではなく、SPD-3によって商業宇宙活動が活性化し、民間のアクター、ひいては全人類が活躍する場にしようとしているようでもある。詳細は別稿に譲るが、商業宇宙活動の安全のためにも、宇宙軍の創設が必要とされているのかもしれない。

 商業化される宇宙空間には、新しい秩序の形成が必要とされるのではないだろうか。「宇宙商業時代」における宇宙環境の保護のための規制措置、国際法規範の在り方を模索することが強く求められよう。

 

[30] Remarks by Secretary Wilbur L. Ross at the National Space Symposium 2018, Commerce.Gov(4 17 2018), https://www.commerce.gov/news/secretary-speeches/2018/04/remarks-secretary-wilbur-l-ross-national-space-symposium-2018

[31] SPACE REALLY DOES NEED TRAFFIC COPS, Wired(6 19 2018), https://www.wired.com/story/space-really-does-need-traffic-cops/

[32] STMの構築のためには、自国の衛星等だけでなく、他国の衛星等の位置情報をも共有しなければならなくなるので、それらをどのように調整するのかという国際的な問題がある。このような問題状況からすれば、そもそも宇宙環境の保護を図らなければならないのではないか。宇宙環境の保護は、宇宙交通管理の在り方にかかわる問題といえる。

[33] President Donald J. Trump is Achieving a Safe and Secure Future in Space, FACT SHEETS(6 18 2018), https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/president-donald-j-trump-achieving-safe-secure-future-space/

[34] As mega-constellations loom, US seeks to manage space debris problem 6/18/2018 arstechnica, Ars Technica(6 18 2018), https://arstechnica.com/science/2018/06/as-space-gets-more-crowded-us-seeks-to-ensure-a-safe-environment/

[35] The White House is calling for Space Traffic Control, Popular Science(6 26 2018), https://www.popsci.com/national-space-council-directive-space-debris

[36] House Panel Hears Talk of Space Junk and Business in the Stars, Courthouse New(6 22 2018), https://www.courthousenews.com/house-panel-hears-talk-of-space-junk-and-business-in-the-stars/

[37] President Trump wants my department to keep space safe. We’re ready., Washington post(6 19 2018), https://www.washingtonpost.com/opinions/president-trump-wants-my-department-to-keep-space-safe-were-ready/2018/06/19/a3aa96f6-73f8-11e8-9780-b1dd6a09b549_story.html?noredirect=on&utm_term=.14d4773d32a0

[38] Remarks by Secretary Wilbur L. Ross at the National Space Symposium 2018, Commerce.Gov(4 17 2018), https://www.commerce.gov/news/secretary-speeches/2018/04/remarks-secretary-wilbur-l-ross-national-space-symposium-2018

[39] The White House is calling for Space Traffic Control, Popular Science(6 18 2018), https://www.popsci.com/national-space-council-directive-space-debris

[40] America Wants to Protect the World From Space Junk, Bloomberg(4 18 2018), https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-04-17/america-wants-to-be-earth-s-space-traffic-cop

宇宙、トランプ、国際法(中編)

 (前編はこちら

Ⅱ.SPD-3による対応方針

 トランプ政権は、このような問題状況に対応するため、SPD-3により、各関係省庁に対する指令や政策方針を明らかにした。

 まず第1に、STMシステムの転換である。SPD-3では、STMは宇宙環境における運用の安全性、安定性、持続可能性を向上させるために、活動における計画、調整、軌道上の同調(synchronization)を意味するものとしている。現在および将来のリスクに対処するためにSTMを改善し、国家安全保障上の配慮と商業宇宙産業の発展を促すように、国際的な安全基準の形成を促進するとしている。

 STM構築の重要な点は、SSAデータの相互運用性を向上させ、より大きなデータ共有を可能にすることであろう。SPD-3では、STMのための、米国主導の最低限の安全基準とベストプラクティスを開発するとしており、政府機関は、デブリの動きを米国企業に対してだけではなく他の国にも周知し、国際的な基準等を形成することに貢献すべきである、としている。

 その際、SSAデータの保管領域(データリポジトリ)を公開するシステムを確立するとしている。すべての国の宇宙活動の安全を保つためには、宇宙空間に存在する物体の正確かつタイムリーな追跡が不可欠だからである。ただし、このデータリポジトリは全面公開ではなく、データの所有者が存在したり、国家安全保障情報を含んでいたりすれば、公開しないとしている。

 第2に、低減措置に関する規制改革である。宇宙における現在および将来のオペレーティング環境を維持するために、21世紀にふさわしい新しい低減措置の規定が必要であるとしている。その際、低減措置に関する基準やガイドラインには、人工衛星の設計から使用終了までの宇宙活動の全過程に対する規定が含まれていなければならないとしている。自国の宇宙活動に関する国家の義務を定めた、宇宙条約第6条の「許可及び継続的監督」に従った措置になるようにしている。米国国内の法律や国際的な義務に沿って、定期的に規制基準を評価し、宇宙活動の許認可に関する適切な規制環境を維持すべきとしている。

 第3に、メガコンへの対応である。SPD-3では、衛星やコンステレーションの所有者は、衛星同士の接触を防ぐために軌道の利用方法を調整することや、計画されたマヌーバ及び衛星軌道位置データの共有に関する通知、米国の国家安全保障や外交政策上の利益あるいは国際義務に及ぼす影響等を考慮する必要があるとしている。

 また、グローバルな文脈におけるSTMのための戦略や軌道上の接触を防ぐための規定、衝突リスクを低減するための標準的な技術を開発すべきであるとしている。コンステレーションにおける衛星群をライセンス化し、世界的に共通化するグローバルなベストプラクティスの開発戦略に取り組むとしている。このような方針は、メガコンに対する特別な規制を定めることを念頭に置いているようである。

 第4に、STMやデブリ低減措置に関する国際標準の形成である。前述した問題を確実に解決するためには、米国だけでなく、他の宇宙活動国もすべての国の共通の利益のために、宇宙活動に関するベストプラクティスを採用することが不可欠となる。SPD-3では、米国はその国際的な協議のために、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)やその他さまざまな国際機関を活用するとしており、国際協調の立場を表明している。国際社会に対して米国が原則を示し、他国がこれを認めるように促していこうとしている。

 デブリ低減の観点からは、まずは米国の国内において、デブリの現在の状況をより詳しく把握できるようになるSSAの向上とSTMの構築を図ること、デブリ低減措置に関する規制を改革することが重要となる。それを踏まえて、これらの国際標準の形成のためには、どのような課題があるのかといったことも重要となる。

これ以降では、以上のような問題とSPD-3による対応の方針について、現段階で論じられていることを踏まえながら、より詳細な検討を加える。

Ⅲ.STMシステムの構築

国防総省による通告システムの限界

 現在、米国の空軍宇宙軍団(Air Force Space Command)が、米国戦略軍(United States Strategic Command)の指揮下にあり、宇宙物体に脅威を与えるようなデブリを追跡している。SSAカタログは、国防総省の宇宙監視ネットワーク(SSN)のデータに基づいて、空軍宇宙軍団(Air Force Space Command)の「第18宇宙管制通信隊」(18th Space Control Squadron)によって維持されている。

 2010年、米国空軍は、SBSS Block 10衛星の追跡機能を追加した。2014年および2017年8月には、静止軌道上の状況認識プログラムの一部として、軌道上の物体を監視するために4つの衛星を打ち上げた[5]。2009年の米露の人工衛星衝突後、政策を変更し、米国空軍はそれ以来、世界中のすべての衛星通信事業者に接近情報を通告し[6]、毎日数百の衝突の可能性を通告している。

 1,400ある衛星の約75%は操縦が可能となっており、潜在的な衝突を避けるために平均して3日ごとに移動操縦を行っていると、空軍宇宙軍団のレイモンド司令官は述べている。また、宇宙ステーションに乗っている乗組員は、危険な破片が検知されたときに、避難しなければならないこともあった。ジョージ・ザムカ(宇宙飛行士)は、「ミッション中、軌道上のデブリからシャトルの窓を保護するために、上方に、あるいは前後逆に移動操作した。それでも、デブリが窓に衝突し、亀裂が入った」と語った[7]

 以上のように、宇宙空間に存在する物体に関する情報提供は、潜在的に衝突のおそれがある場合に、国防総省がその対象者に個別的に一方的に行うことになっている。しかし、今後求められるSSA能力は、このような国防総省の任務を超えるものとなりつつある[8]。例えば、衛星の数が増加すると、国防総省が民間企業に衝突回避の警告に費やす時間が増加する。商業宇宙活動の安全性に対する要求の増大とその複雑化は、米軍の国家安全保障に関する本来の任務を阻害することになる。その一方で、国防総省の任務である国家の安全保障と宇宙資産の保護の強化が、ますます必要とされているのである[9]

②商務省による新たなSTMシステム

 SPD-3は、衛星の運用事業者へのSSAデータの提供に関する管轄権限を、商務省に移転し、データの一般公開を図ることとした。これによって、衛星の運用事業者は、政府機関からの回避指示を待つことなく公開データから衛星運用者が衝突予測をし、自力でマヌーバができるようになることが期待される。スコット・ペース博士(ジョージ・ワシントン大学)によると、民間企業に「よりタイムリーかつ迅速な情報アクセス」を提供し、衛星経路の安全を図った計画を立てることができるようになる。これは、運用に必要な燃料を節約すること、他の物体を避けるためにより少ない操縦で済むことを意味する。また、ロケットの打ち上げをより柔軟に計画することができるようにもなる[10]。他方で、国防総省が、宇宙における安全保障上の脅威と米国の宇宙資産を保護することに集中できるようになる[11]

 この方針については、専門家の間で評価が分かれている。米国戦略軍司令官のハイテン米空軍元次官は、管轄権源の移行は「良い考えであり、大統領令を支持する」と述べた。また、同司令官は、「商務省のような民間企業との関わりがある機関にSTMを任せれば、国防総省の資源が解放される」と述べた[12]。一方、このアプローチの最大の欠点は、データの共有に関する国家安全保障による制限と国防総省システムの能力制限によって、依然として無力なものになるといった指摘がある[13]国防総省が構築したシステムに引き続き依存することで、商務省がサービスを改善できる程度は限定的になるといわれている[14]。一般的に言えば、軍隊組織は民間企業にすべてのデータを提供する傾向にはないので、商務省への管轄権限の移行にはこのような課題が残るのである[15]

 SPD-3の核心は、データにさらにアクセスしやすくすることである[16]。商務省は国防総省のカタログから情報の保有を強化するために、商業的および国際的な情報源から、SSA用の「オープンなリポジトリ」の構築に取り組む予定である。

 また、運輸省と商務省は、STMに関する基準とベストプラクティスの開発にも取り組む。商務省のロス長官によると、STMと民間企業活動の調整について議論するため、2019年1月までに国際的な宇宙活動の規制に関する会議を開催し、議論を進める。

商務省にSSA・STMの責任を与えることについては、一部の民主党議員の反対があったが、下院の科学・宇宙・技術委員会はこれに関係するAmerican Space SAFE Management Act(H.R.6226)を今年6月に承認した[17]。同法案は、SSA・STMの責任を商務省に割り当て、NASAにSTMの科学技術計画を策定する権限を与えている。また、商務省にSTMの社会実験を開発するよう呼びかけている。

③意義

 新しいSTMは、「混雑した宇宙環境の課題に取り組むための新しい国家政策」である[18]。ロス長官は、「SSA・STMのベストプラクティスの確立は、安全性を高め、米国旗の下で民間企業が活動することにインセンティブを与え、米国の民間企業に損害をもたらす集団から保護するために必要である。・・・・・・宇宙における米国のリーダーシップを維持するために、我々はSTMに関する新しいアプローチを開発し、国家が現在および将来のオペレーショナルリスクに対応できるようにしていく」と述べている[19]

 宇宙空間で物体が互いに衝突しないようにすることは、衛星の運用事業者等にとって重要なことである。また、STMが構築されれば、宇宙活動を妨害する者に対し他の国が米国の衛星の活動を妨害しようとするとき、米国がその行為を把握していることが相手に伝わって牽制を図ることができるようになる[20]SSAの向上と包括的なSTMの構築は、米国の軍事的な優位のためにも不可欠となる。

 また、トランプ政権が、STMの管轄権限を商務省に移行する決断をしたことも注目される。商務省への移行は、商業活動の活性化に米国の復興を賭けるトランプの意向に合致するものといえる。今後の宇宙活動は、民間的で商業的な側面のある事業が強力に推進されることになるであろう。

 しかし、STMシステムがより効果的なものになるためには、把握が技術的に困難な微小デブリへの対策と、物体に関するデータの国際的な共有をどのように図るのかが明らかにされなければならない。

④微小デブリという課題

 AGI社(宇宙空間に存在する物体を分析・追跡するために民間企業や政府機関にソフトウェアを提供する会社)によると、今日の技術では10cm以上の物体を追跡することができるが、公的なカタログでは地球を周回する物体の約4%しか把握できていない。NASAのブライデンスタイン長官によれば、デブリに働く引き込みの力は、「危険であり、予測不能」であるという[21]。10cm以上のデブリは2万個以上あり、およそ毎時2万マイルという強烈な速度で地球を周回している。デブリ自体が破裂を起こしている可能性もあり、もっと小さいものは60万個あると推定されている。

 デブリの位置と経路を包括的に示すことは現時点では不可能である。商務省の責任は、「公的および私的利用のための」SSAの「基礎レベル」を確立することになっている。物体のさまざまなサイズ、形、軌道、高度の正確な把握が、SSA・STMを効果的なものにする[22]

 ブライアン・ウィーデン氏(米国セキュアワールド財団)は、現在のデブリの把握方法は「一定の追跡よりもスポットチェック」の方が多く、「現時点で確実に追跡することができない1cmまでのデブリが50万個ほどあると思う」と述べている。また、John Crassidis教授(ニュージャージー州立大学バファロー校)は次のように指摘する。デブリの速度や方向を知ることは詳細な計算に依存するため、物体の経路を決定することは困難であり、また、デブリを追跡するレーダーシステムは統合されていないので、中央ハブ機能がなく、サービスの対象にできる範囲にはギャップがあるという[23]。軌道マップの構築をほぼ不可能にしているデータ結合の課題も含めて、厳しい技術的限界があるという[24]

 ウィーデン氏によると、すべてコントロールされている航空交通を参考に計算すれば、地球を周回する2万個以上のデブリのうち2,000個以下しか操縦できない場合、その交通システムは安全性をより強固なものにしなければならない。2010年のオバマ政権の宇宙政策では、宇宙交通を強化することが掲げられたが、それに関する研究が実施されただけで、実際に強化策が実施されることはなかった。ただし、ウィーデン氏は、このオバマ政権の政策は、「トランプ政権の政策につながる多くの背景研究と議論と情報」を提供していると述べている。

 持続可能な交通システムは宇宙産業の急速な変化に適応しなければならないが、SPD-3はその適応に十分でないという懸念がある。商業技術を宇宙交通管理システムに取り入れる余地を残しているが、その意味がはっきりしないのである[25]

 以上のように、STMの構築には微小デブリの把握の問題があるが、米国の国家宇宙評議会は、微小デブリをも追跡することができると考えている。SPD-3は、ペイントチップのサイズの金属の小片から8トンのロケットのステージまでの物体を管理するために、政府機関に「最先端の枠組み」を構築するように指示している。

 トランプ政権としては、微小デブリ対策に積極的である。ロス長官は、微小デブリの監視に取り組むと明言している。約62万個の「重大な損害または破壊」を引き起こす可能性がある物体の調査に言及している[26]。また、ロッキード・マーティン社は、「スペースフェンス」と呼ばれるシステムをほぼ完成しており、空軍のカタログを「現在のものから10倍」に向上させるとしている[27]

⑤国際的連携の課題

 微小デブリが把握可能となれば、デブリ低減措置を実施すべき場面が多くなるであろう。例えば、微小デブリの分布状況が分かれば、衝突の予見可能性を高められ、運用している衛星等の衝突回避の措置を実施することや、微小デブリを把握している国は、当該デブリが衛星等と衝突する可能性がある場合、当該衛星を運用している国(者)に通告することが求められるであろう。

 現在、70の国が宇宙で運用している資産を保有しており、今後そのような保有国は増えるだろう。国務省は、STMのための国際的な透明性をどのように高めるかについて、拘束力のない指針となるものを開発するために、国際的な議論を進めるとしている。また、ロス長官は、追跡対象の範囲を広げる方法を検討すると述べた[28]。商務省が国防総省のデータを単に再利用するだけでなく、民間企業や他国の情報を活用してSSA・STMシステムを構築すると思われる。そのため、国際的な連携が必要となり、STMに関して「国際的な規範を形作る」(shape international norms)ことが求められよう[29]

 以上のように、トランプ政権はSTMに関して国家間の透明性の確保を視野に入れており、他国が運用する宇宙物体をどのように取り扱うべきかについて、国際法が取り扱う領域に及ぶ。

 (後編につづく

 

[5] Space-Based Space Surveillance (SBSS) Block 10, http://www.dote.osd.mil/pub/reports/FY2011/pdf/af/2011sbss.pdf, Geosynchronous Space Situational Awareness Program, Official United States Air Force Website, http://www.afspc.af.mil/About-Us/Fact-Sheets/Article/730802/geosynchronous-space-situational-awareness-program-gssap/

[6] Commerce Department's space mission: tracking junk in low-Earth orbit, Washington Examiner(5 1 2018), https://www.washingtonexaminer.com/policy/technology/commerce-departments-space-mission-tracking-junk-in-low-earth-orbit

[7] Gone to pieces: Trump administration hopes to track and limit the debris threatening the space industry?, USA TODAY(6 18 2018), https://www.usatoday.com/story/news/politics/2018/06/18/trump-orders-control-space-junk/709710002/

[8] As mega-constellations loom, US seeks to manage space debris problem 6/18/2018 arstechnica, Ars Technica(6 18 2018), https://arstechnica.com/science/2018/06/as-space-gets-more-crowded-us-seeks-to-ensure-a-safe-environment/

[9] President Donald J. Trump is Achieving a Safe and Secure Future in Space, FACT SHEETS(6 18 2018), https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/president-donald-j-trump-achieving-safe-secure-future-space/

[10] Trump’s space council orders a traffic control system for objects in space, THE VERGE(6 19 2018),https://www.theverge.com/2018/6/19/17475940/trump-space-council-traffic-control-system-junk. なお、宇宙空間上で他の物体との衝突を回避するために、打上げ時刻を調節することは、国連ガイドラインに定められたデブリ低減措置である。

[11] How Does Space Policy Directive 3 Affect Space Traffic Management?, CSIS(6 19 2018), https://www.csis.org/analysis/how-does-space-policy-directive-3-affect-space-traffic-management

[12] NASA, Defense Department Support Giving Space Traffic Management Role to Commerce, SPACE NEWS(6 24 2018), https://spacenews.com/nasa-defense-department-support-giving-space-traffic-management-role-to-commerce/

[13] Commerce Department's space mission: tracking junk in low-Earth orbit, Washington Examiner(5 1 2018), https://www.washingtonexaminer.com/policy/technology/commerce-departments-space-mission-tracking-junk-in-low-earth-orbit

[14] Commerce Department's space mission: tracking junk in low-Earth orbit, Washington Examiner(5 1 2018), https://www.washingtonexaminer.com/policy/technology/commerce-departments-space-mission-tracking-junk-in-low-earth-orbit

[15] Commerce Department's space mission: tracking junk in low-Earth orbit, Washington Examiner(5 1 2018), https://www.washingtonexaminer.com/policy/technology/commerce-departments-space-mission-tracking-junk-in-low-earth-orbit

[16] Trump’s space council orders a traffic control system for objects in space, THE VERGE(6 19 2018), https://www.theverge.com/2018/6/19/17475940/trump-space-council-traffic-control-system-junk

[17] HOUSE COMMITTEE CLEARS CIVIL SPACE SITUATIONAL AWARENESS LEGISLATION, SPACE POLICY ONLINE(6 27 2018), https://spacepolicyonline.com/news/house-committee-clears-civil-space-situational-awareness-legislation/

[18] As mega-constellations loom, US seeks to manage space debris problem, Ars Technica(6 18 2018), https://arstechnica.com/science/2018/06/as-space-gets-more-crowded-us-seeks-to-ensure-a-safe-environment/

[19] Remarks by Secretary Wilbur L. Ross at the National Space Symposium 2018, Commerce.Gov(4 17 2018), https://www.commerce.gov/news/secretary-speeches/2018/04/remarks-secretary-wilbur-l-ross-national-space-symposium-2018

[20] 「米空軍の“宇宙能力”から探るトランプの「宇宙軍」とは? —— 宇宙戦闘はあり得るのか」Business Insider Japan(2018年6月25日)、https://www.businessinsider.jp/post-169961

[21] House Panel Hears Talk of Space Junk and Business in the Stars, Courthouse New(6 22 2018), https://www.courthousenews.com/house-panel-hears-talk-of-space-junk-and-business-in-the-stars/

[22] Commerce Department's space mission: tracking junk in low-Earth orbit, Washington Examiner(5 1 2018), https://www.washingtonexaminer.com/policy/technology/commerce-departments-space-mission-tracking-junk-in-low-earth-orbit

[23] Commerce Department's space mission: tracking junk in low-Earth orbit, Washington Examiner(5 1 2018), https://www.washingtonexaminer.com/policy/technology/commerce-departments-space-mission-tracking-junk-in-low-earth-orbit

[24] Trump orders the Commerce Department to create a space junk database, Washington Examiner(6 18 2018), https://www.washingtonexaminer.com/news/white-house/trump-orders-the-commerce-department-to-create-a-space-junk-database?_amp=true

[25] Trump’s space council orders a traffic control system for objects in space, THE VERGE(6 19 2018), https://www.theverge.com/2018/6/19/17475940/trump-space-council-traffic-control-system-junk

[26] Gone to pieces: Trump administration hopes to track and limit the debris threatening the space industry?, USA TODAY(6 18 2018), https://www.usatoday.com/story/news/politics/2018/06/18/trump-orders-control-space-junk/709710002/

[27] President Trump signs space junk directive aimed at cleaning up the cosmos, CNBC(6 18 2018), https://www.cnbc.com/2018/06/18/national-space-council-trump-signs-space-debris-directive.html

[28] America Wants to Protect the World From Space Junk, Bloomberg(4 18 2018), https://www.bloomberg.com/news/articles/2018-04-17/america-wants-to-be-earth-s-space-traffic-cop

[29] Trump’s space council orders a traffic control system for objects in space, THE VERGE(6 19 2018), https://www.theverge.com/2018/6/19/17475940/trump-space-council-traffic-control-system-junk