梟録

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松田芳和のブログです。一般企業に勤務しながら、名古屋大学大学院博士課程に在籍しています。専門分野は国際環境法と国際宇宙法。特にスペース・デブリの問題を研究テーマにしています。国際政治や歴史、防災、社会福祉にも関心あり。このブログでは、さまざまなテーマについて述べていきますが、最終的な結論を提示するものではなく、あくまでも序論的な考察となります。忌憚のない指摘を受けて、それを研究に活かしたいと考えています。

国連スペースデブリ低減ガイドラインの誕生の歴史

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the 56th session of the Scientific and Technical Subcommittee(@UNOOSA)


 日本政府は、先日開催されたG20大阪サミットで、スペースデブリ(以下、デブリ)の低減に向けた国際協力を呼びかける方針であった。以前から内閣府では、「スペースデブリに関する関係府省等タスクフォース」が設置され、デブリの国際的な取り組みをどのように進めていけばよいかが議論されている。日本においてもデブリの問題は国際的な課題として認識され、どのような取り組みが望ましく、どのように各国間で調整すればよいかが模索され始めている。

 一方、国際的な対策としては、これまで主に国連の場で議論が積み重ねられてきており、デブリの低減対策に関しては一定の成果を得ている。それが、2007年の国連総会決議で採択文書に記載された「国連スペースデブリ低減ガイドライン」(国連ガイドライン[1]である。以前のブログ記事でも述べたとおり、デブリ対策として、まずはデブリをこれ以上発生させないためにデブリの低減措置を行う必要がある。そのため、現段階においては国連ガイドラインの7つ低減措置をもとに、各国で低減措置が実施されることが望まれる。

 デブリの低減措置に関する国際的な文書は、実際には主に2つ存在する。一つは、主要な宇宙活動国の宇宙機関で構成するIADC(Inter-Agency Space Debris Coordination Committee:国際機関間スペースデブリ調整委員会)が作成した「IADCスペースデブリ低減ガイドライン」(以下、IADCガイドライン、2002年採択)[2]であり、もう一つが、国連ガイドラインである。

 今回は、この国連ガイドラインがどのような経緯で成立したか、その誕生の歴史を述べる。また、別稿で国連ガイドラインの意義と課題を検討する。

Ⅰ. IADCガイドラインの形成過程

1980年代後半から問題視

 デブリは、すでに1980年代後半から人類の宇宙活動に脅威を与える存在であるとの認識が広がっていき、デブリの低減措置を実行する国際的な協力体制の構築が必要であると考えられるようになっていった。

 デブリ問題は当初、1986年から主に宇宙活動国による二国間協議で扱われてきた。自国のみがデブリ低減措置を実施すると民間企業の国際競争力の低下を招くので、各国のデブリ低減措置を同水準にするために、他国との協議調整に乗り出したといえる。1992年には、ヒューストンでNASAESA、日本による協議が始まり、1993年にIADCが設立され、多数の宇宙機関がデブリに関する情報交換や協議を行うシステムを築いた。IADCの設立当初のメンバーは、アメリカ、日本、ロシアの宇宙機関及びESA(欧州の宇宙機関)であったが、その後、中国、フランス、ドイツ、 インド、イタリア、ウクライナ、イギリス、カナダ、韓国の宇宙機関が加わり、現在13の宇宙機関で構成されている。

主要な宇宙活動国における共通認識

 IADCはこれまで、宇宙空間の人為的あるいは自然発生的なデブリの問題に関連する宇宙活動の調整のために、デブリ問題の審議を行ってきた。1998年、IADCでいくつかの合意がなされた。まず第1に、デブリの低減には、デブリの予防(防止)、宇宙システムのデブリからの保護、デブリの除去といった3つの側面があるとした。第2に、現在のデブリ環境は、宇宙活動において看過できない危険を伴っているとの認識を示した。それに関して、もし、デブリ低減措置が実施されなければ、将来の宇宙活動は好ましくない環境に直面するといった予測を立てた。第3に、デブリ低減措置の主な目的は、人およびロボットによる地球軌道のミッションの利益と安全のためにデブリの密度の増大を食い止めることにあるとした[3]

 以上の合意事項をもとに、2002年にIADCガイドラインが採択された。これによって、IADCの宇宙機関は、IADCガイドラインに規定するデブリ低減措置に従って宇宙活動を行うこととなった。ただし、IADCガイドラインに法的拘束力はなく、勧告的な性格のものにとどまる。

 Ⅱ.IADCガイドラインの概要

 IADCガイドラインは、運用中に放出される物体の制限、軌道上での破砕の可能性の最小化、運用終了後の廃棄、軌道上での衝突の回避の4つに焦点を当てて、実施すべきデブリ低減措置を定めている。また、デブリ低減措置は、地球周回軌道上に投入する宇宙システム(ロケットや人工衛星等)の運用計画及び構造設計、運用の3つの段階にデブリ低減措置を適用することができるとしている。

 IADCガイドラインには複数のデブリ低減措置が定められているが、前述の4つの焦点に沿って、次のように分類することができだろう。

 まず第1に、宇宙システムを通常の方法で運用する場合において、デブリを放出することがないように、宇宙システムの構造を設計することである。

 第2は、軌道上での破砕によるデブリ発生の抑制に関する措置である。すなわち、これは軌道上において宇宙システムが破砕する可能性を最小化することを意味する。IADCガイドラインに定められた措置では、機体に搭載した残留エネルギー源(残留推進薬やバッテリー等)によって偶発的な破砕が起きないようにすることや、運用に関わる故障の発生防止措置や、故障が発生しても正常動作に回復する手段を講じること、宇宙システムの意図的な破壊等を回避することがこの分類に属するであろう。

 第3は、運用終了後の廃棄処分である。すなわち他の宇宙システムを干渉しない軌道へ移動させる措置(リオービット:reorbit)、あるいは地球大気圏に再突入させて燃焼するか地上落下させる措置(デオービット:deorbit)である。リオービットで推奨される高度や、廃棄後その軌道上に周回し続けられる年数の制限は、具体的な数値で表されている。

 そして第4は、軌道上における衝突の防止である。ガイドラインでは他の物体との衝突確率を評価し制限すること、衛星の回避マヌーバ(軌道上から上昇・下降して衝突回避すること)やロンチウィンドウ(打上げ時刻)を調整することを推奨している。

Ⅲ.国連ガイドラインの形成過程

COPUOSによる取り組み

 1959年、国連総会にて「宇宙空間の平和利用に関する国際協力」が決議され、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)が国連の常設委員会として設置された。COPUOSの本委員会は、宇宙の平和的利用を平等原則のもとに推進するための制度構築を主な任務とし、宇宙の研究への援助,情報交換,宇宙の平和利用のための実際的方法および法律問題の検討を行っている。COPUOSには、本委員会の下部組織として科学技術委員会(科技小委)小委と法律小委員会(法小委)が設置されている。本委員会は、これらの小委員会の報告を受け審議を行う。また、COPUOSの活動は国連総会に報告される。

 科技小委は、宇宙活動に関する国際協力に資するよう科学技術面における専門的な検討を行っている。デブリ低減措置に関する審議も、技術的側面から検討を図っている。デブリの複雑な特性や推奨すべきデブリ低減措置などを調査・検討し、デブリに関する十分な科学技術的理解を得ようとし、1999年に「スペースデブリに関する技術報告書」[4]を完成させた。その後、IADCのガイドライン等を参照しながら、国連独自のデブリ低減ガイドラインの作成に取りかかった。

 法小委では、宇宙活動に関する法律問題を取り扱っている。宇宙条約、「宇宙飛行士の救助及び送還並びに宇宙空間に打ち上げられた物体の変換に関する協定」(宇宙救助返還協定)、宇宙損害責任条約、「宇宙空間に打ち上げられた物体の登録に関する条約」(宇宙物体登録条約)、「国及び政府間国際組織の宇宙物体登録条約における実行向上に関する勧告」(宇宙物体登録勧告)等が、この委員会で作成された。

 本委員会と二つの小委員会はそれぞれ年に1回開催される。議事はコンセンサス方式で進められ、参加国のすべてが議案に賛成しなければ成立しない。そのため、法的拘束力のある条約等を作成するには、参加国の妥協点を探らなければならない。近年は、参加国が増加したこともあり、法的拘束力ある合意形成が困難になってきており、ガイドラインや原則宣言等といったソフト・ローの形成に舵を切り替えているようである。

30年間の議論

 2004年、IADCが科技小委にガイドラインの草案を提出した。草案に関してはいくつかの修正が施され、2007年に科技小委および本委員会で採択された。同年、国連総会決議として、「国連スペースデブリ低減ガイドライン」が採択された。つまり、国連ガイドラインは、IADCが採択したガイドラインをもとに作成されたのである。

 科技小委では、ガイドラインに関するIADCの提案が行われるまでは、主にデブリに関する技術的な問題を審議していた。

 1994年、科技小委でデブリの問題が初めて議題になり、デブリ問題の検討は重要であり、将来の宇宙ミッションにおけるデブリ潜在的な影響を最小化するために、適切で利用可能な戦略を進展させるには国際協力が必要であるという見解に合意した。また、科技小委は、デブリに関する研究調査が継続され、加盟国がその研究調査の結果をすべての利害関係者が利用できるものにすべきであるという見解にも合意した。さらに、2001年の会合では、各国がデブリの生成を制限することは有益なことであるとの認識を共有した。加えて、複数の国から、デブリの問題を法小委の議題に追加すべきとの見解に対する賛否が表明された。

 すでに、1995年に開催された会合では、複数の国が、デブリの増大を減少するために、宇宙機関によって現在行われている宇宙物体の打ち上げについての一連の国際的なルールを文書としてまとめるべきと主張していた。

 その後、2004年に、IADCによるガイドラインの提案が科技小委で行われたが、これ以降は、IADCの提案を評価するために科技小委および本委員会において、デブリの問題と併せて審議が行われることとなった。その後、2007年に国連総会決議として国連ガイドラインが採択された。そして、今もなお、COPUOSにおいてデブリ問題が議論され続けている。

法的義務化の主張

 前述の通り、国連ガイドラインの形成過程においては、作成を目指すガイドライン、あるいはデブリの問題に対して法的側面から、複数の国の主張があった。

 2005年の科技小委のワーキング・グループでは、ガイドラインを作成するにあたっては、国際法のもとで法的に拘束されるものでないこと、デブリ低減措置の実施は各国の国内法制を通じて自主的に行われるべきであること、国連の条約や原則を考慮することなどを文言に含めることに合意した。

 これらの点を踏まえ、科技小委では作成されるガイドラインは、IADCのガイドラインよりも厳格ではないこと、国際法の下に法的に拘束されないことなどといった条件を満たすことに合意した。また、ガイドラインが実効的に機能すれば、許容可能な活動の相互理解を高め、宇宙環境の安定性を向上させ、摩擦や紛争の可能性を減少させることができるとの認識に立った。この認識は、本委員会においても共有された。

 本委員会での審議に関しては、まず1995年の年次会合で、いくつかの国がデブリ問題は法小委の議題に含めるべきであるといった見解を表明した。その一方で、デブリ低減措置に関する技術的な問題が多く残っている段階で、法小委でデブリ問題を議論することは時期尚早であるといった見解を表明した国もあった。また、これに関連していくつかの国から、デブリ低減措置を法的に拘束力あるものにする必要があるかどうかを決定するためには、さらに知見を得る必要があり、デブリ低減措置に関する審議は、デブリに関連した科学的・技術的な問題に集中すべきとの見解が表明された。

 技術報告書が作成され、技術的な議論に一定の成果が得られつつも、法的拘束力の問題については、各国の見解に相違が残った。1999年には、いくつかの国が、本委員会は技術報告書を踏まえ、デブリが宇宙条約の対象となっているかを検討することを法小委に要求すべきと主張した。その一方で、その他の国はデブリ問題を法小委で議論することは時期尚早であり、少なくとも技術報告書が加盟国や関係機関、業界によって徹底的に分析されるのを待つべきであるとした。

 2002年には、IADCが推奨するデブリ低減措置が行われた例は少ないので、自主的な実施では十分ではなく、法的拘束力のある措置が必要であるとの見解が表明された。

 2007年の会合では、いくつかの国が、法的拘束力のある枠組みを発達させるためにも、デブリ問題は法小委で検討されるべきであるとの見解を表明した。

 しかし結局は、国連ガイドラインに法的拘束力をもたせないこととなった。

 なお、この審議過程で、具体的にどの国がどのような発言を行ったかについては、別稿で紹介する。

Ⅳ.国連ガイドラインの概要

共通認識の国際化

 IADCガイドラインにおけるデブリ問題の認識は、デブリの数が増え続けると、宇宙環境は宇宙活動に好ましくない状況になるなどいった程度の認識であった。これに対し、国連ガイドラインは、デブリの影響に対する認識をさらに深めているだけではなく、国連の総会決議による承認という形式で成立したことにより、国連加盟国すべての共通認識ともなっている。その共通認識の内容は、次のとおりである。 

  • 宇宙空間に存在する宇宙システムだけでなく、デブリが再突入で地球大気を通過すれば、地上における損害のリスクがある。
  • 適切なデブリ低減策の早急な適用が必要である。
  • デブリ低減策は2つに区分される。1つは、短期的に潜在的に有害なデブリの生成を削減することである。これは、宇宙物体の運用に伴って生じるデブリの低減と破砕の回避を意味する。もう1つは、長期的にデブリの発生を抑制すること。これは、機能停止した打ち上げ機等を取り除くといった運用の最終段階に関係する。
  • デブリの衝突は、有人宇宙機の場合は人命に関わる損害をもたらす可能性がある。

7つの低減措置

 国連ガイドラインは、次のようにデブリ低減措置に関する7つの指針を示している。しかし、その内容は、IADCガイドラインとは違い、定量的な基準を示しておらず、簡素なものになっている。そのため、実際にデブリ低減措置を実施する際には、IADCガイドラインを参照しなければならないとされる。

  1. 正常運転中の宇宙物体はデブリを放出しないよう設計すること。放出されても宇宙環境に対する悪影響を最小限にすること。
  2. 宇宙船や軌道投入したロケットなどの宇宙物体は、不具合による偶発的な破砕が起こらないように設計すること。不具合の可能性がある場合は、破砕を回避するために廃棄処分と無害化処置の計画を立て、実施すること。
  3. 宇宙物体の打ち上げ段階や軌道寿命の間に他の物体と衝突する確率を算出し、制限すること。打ち上げ時刻の調整や軌道変更の措置をとること。
  4. 宇宙物体の意図的な破壊や、長期に存在するデブリを発生させる危険な活動を回避すること。意図的な破壊が必要な場合は、発生するデブリの存在期間を制限するために十分に低い高度で行うこと。
  5. 他の宇宙物体への偶発的な破砕リスクの制限のために、搭載された蓄積エネルギー源は不要時あるいはミッション終了後に無害化等を行わなければならない。カタログ化[5]されたデブリの多くが、この蓄積エネルギーを有する宇宙物体の廃棄に由来する。
  6. 宇宙物体が低軌道域に長期間滞留することを制限すること。
  7. 宇宙物体が地球同期軌道域に長期間滞留することを制限すること。

 確かにデブリ問題は宇宙活動を行う者が増加し、またデブリの数が増えてきたということで、最近は関心が高まってきている。しかし、すでに1980年代後半から問題視されてきており、そこから40年の月日が流れているのである。

 国連の場では議論が積み重ねられ、デブリ低減措置の実施に当たっては常に法的拘束力のあるものにすべきとの主張もなされてきたが、結局、国連ガイドラインは法的拘束力はないものと明文化し、各国が自主的に実施すべきものとされたのである。

 

[1] U.N.Doc. A/62/20 (2007), Annex.

[2] IADC, IADC Space Debris Mitigation Guidelines, IADC-02-01 (15 Oct.2002); IADC WG4.

[3] Inter-Agency Space Debris Coordination Committee (1998), available at http://www.iadc-online.org/Documents/35th_UN_COPUOS_STSC.pdf (last accessed 20 Jul.2015).

[4] Technical Report on Space Debris, U.N.Doc. A/AC.105/720, 1999.

[5] アメリカの宇宙監視網(SSN)によって、デブリの軌道や様態が特定できたものを指す。