梟録

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松田芳和のブログです。一般企業に勤務しながら、名古屋大学大学院博士課程に在籍しています。専門分野は国際環境法と国際宇宙法。特にスペース・デブリの問題を研究テーマにしています。国際政治や歴史、防災、社会福祉にも関心あり。このブログでは、さまざまなテーマについて述べていきますが、最終的な結論を提示するものではなく、あくまでも序論的な考察となります。忌憚のない指摘を受けて、それを研究に活かしたいと考えています。

「科学的根拠がない」の乱用

小学校等の全国一斉休校の措置に感染拡大の防止につながる科学的根拠はあるのか、と批判されている。しかし、そのような批判はどこに科学的根拠を求めているのか具体的ではなく、乱用されているように思われる。

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新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正案を審議する参院内閣委員会(2020年3月13日毎日新聞

 前回の記事で述べたとおり、新型コロナウイルスの感染拡大の防止対策として、「予防原則」に立脚した措置をとることは一定程度認められてよいように思われる。予防原則は、リスクや被害の発生について科学的な根拠が不確実な状況にあっても、対策を実施しなければ被害が甚大になる可能性がある場合、その予防措置などを実施するべきである、といった考えである。予防原則には、「科学的根拠の不確実性」が不可欠な要素である。「科学的根拠の不確実性」が何を指すのかについては、別稿で詳しく述べようと思う。

 さて、今回の一斉休校の措置に科学的根拠がないことが批判されているが、そもそもどのような科学的根拠がないことを問題視しているのか、曖昧である。特に、休校の措置が発表された当初は、専門家会議で科学的な根拠が示されたのかどうかが焦点になっていたように思われるが、どのような科学的根拠が示されるべきなのかについては、批判の中では十分に示されていなかったように思われる。科学的根拠をどこに求めるのかについては、その論点をより明確にしなければならない。

 科学的根拠をどこに求めるのかについては、主に次のような点が考えられると思われる。

  • 学校を休校する措置自体が、感染拡大の防止につながるのか
  • 感染者が発生していない地域でも休校の措置をとることが、感染拡大の防止につながるのか
  • 全国で一斉に休校の措置をとることが、感染拡大の防止につながるのか
  • 今後、感染拡大に伴う被害の規模が大きくなる可能性があるので、全国一斉休校の措置をとるのか
  • 小学校等の休校は主に子どもを対象にした限定的な措置であるが、子どもの感染を阻止することが感染拡大の防止に最も有効であるのか

 これまでの国会審議やメディアの議論をみてみると、科学的に根拠がないということについて論点が整理されておらず、「科学的に根拠がない」という批判が乱暴に使用されているように思われる。少なくとも、以上のように科学的に根拠が示されるべきポイントがあると考えられるので、科学的根拠の有無の追求は具体的に焦点を絞ってなされるべきである。

 他方で、どのような点に科学的根拠が示されていれば、休校の措置が是認されるというのかについても今後の議論の中で明らかにされてなければならないであろう。また、いずれか一つの点に科学的根拠が示された場合、休校の措置を是認するのであれば、その他の点について科学的根拠を求めない合理的な理由が示される必要も生じてくるだろう。すなわち、科学的根拠について議論する場合、どのような点に科学的根拠が必要なのかを明確にする必要があり、科学的根拠を求める立場に立つ者もこれを明確に示すことが求められよう。

 取り扱うものが「科学」なのであるから、「政治的な対立」をもって議論を進めるのは望ましくない。科学的根拠に関する論点が明確にされなければ、感染拡大が抑止されたという結果を得たしても、一斉休校の措置が効果的であったか、効果的でなかったかを明らかにすることが困難になり、将来の感染リスクの対応で活かすことができなくなる。「科学的根拠」の追求は慎重になされるべきである。